今日、この島で。
side A / 今日、この島で。
side B / 風
入口由実子 歌
青木隼人 ギター・録音
録音
2017年6月22-23日 戸馳島 にて
映像・写真
西山勲
デザイン
北島敬明(PERHAPS)
ミキシング・マスタリング
田辺玄(Studio Camel House)
2021年6月23日発売
7インチ アナログレコード
1,500円(税抜)[1,650円(税込)]
ご購入
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島には友だちがいた。
よく旅をしていたころ、近くまで行く用事があると立ち寄って、海を見ながらビールを飲んでいた。橋で渡ることができる島だったけど、そこでビールを飲み始めたら、もうどこにも帰らなくていい、という包まれるような安心感があり、とても居心地がよかった。
彼らは、いまは子どもたちが通ってこない小学校の保健室を仕事場にしていた。元保健室だけあって、ほっとできる空気が残っていた。さすがにそこではビールは飲まなかったけど、ギターを弾かせてもらったりした。
島で、声に出会った。
ふっとあらわれて、ただ歌をうたってくれた。ギターもピアノもなく、沈黙という、最高の伴奏者とともに。うたっているあいだは、すっと風が通り抜けていった。
そんなとき、友だちたちとの語らいのなかから、レコードを作る話が持ち上がった。ぼくはそれなら、あの学校の音楽室で録音をしたいと申し出た。そして「あの声」を残したいと思った。
ギターを弾き、メロディーらしきものをつくり、それを渡して言葉をみつけてもらった。なんどかのやりとりがあり、歌ができた。
2017年6月、その歌を持って音楽室に集まった。かつて音楽にあふれていた部屋はすっかり歳をとり、くたびれた様子だった。ぼくたちはまず窓をあけて、新鮮な空気を音楽室に招いた。それから椅子とマイクとレコーダーを並べて、歌を録った。部屋に音楽が響いたのは何年ぶりだったのだろう。窓は開け放ったままだったので、外の音もそのまま録音された。だから出来上がった音をよく聴くと、島の音が遠くにきこえる。
歌を取り終えた翌日、ふたたび音楽室の窓をあけて、こんどは即興的にレコーダーをまわした。始まりも終わりもない、ただ風のような音楽を録音することができた。ぼくは、この録音を音楽室からのギフトだと思っている。
一緒にビールを飲んでいた友だちのひとりは、この風のような音楽を気に入ってくれて、島を離れたいまでも、この音楽を聴くと島の空気をありありと思い出すといってくれた。そして、2021年に再び島へ渡り、音楽にあわせて映像作品をつくってくれた。出来上がった映像を見たとき、あの時ふっと起こった風がひとつの環を描いて、また自分の身体を通り抜けていった。
もうひとりの友だちは、この島にぼくを誘った張本人で、彼がいなければレコードは生まれなかった。先に書いた友だちと同じく、いまでは島を離れているが、今回のプロジェクトを推進してくれて、ジャケットのデザインを手がけてくれた。
この小さなレコードは、まずぼくたちのビールの時間に。
島で出会った人たちと、一緒に過ごした時間に。
かつて音楽室に響いていただろう音の記憶に。
そして、ふっと風を起こしてくれたあの声に。
どうもありがとう。
レコードがまわることで、それぞれの場所に風が吹きますように。
青木隼人
2021年6月
photo : Isao Nishiyama